提 婆 達 多 वदत्तダイバダッタ・Devadatta |
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提婆達多、サンスクリット語・パーリ語 Davadatta:वदत्त デーヴァダッタに相当する音写。 釈迦の弟子の一人阿難(アナン)の兄で釈迦のいとこ。釈迦:ゴータマ。シッダールタに従って出家するが、思い上がりから釈迦を妬んでことごとく敵対し、 三逆罪(出仏身血・殺阿良羅漢・破和合僧)を犯したとされる。 約2600年前、インドの白飯王の長男に生まれ、やがては父の王座を次ぐ王子です。 白飯王は、浄飯王の弟でシッダールタ(ブッダ)の父親、したがって提婆達多とシッダールタはいとこの関係にあたります。そしてシッダールタの十大弟子 阿難尊者(アーナンダ)の兄でもあります。 提婆達多の才能は、生まれつき勉強もスポーツも抜群で他の追随を許しませんでした。また少し恥ずかしがりやなところもあり、みんなにかまってほしい 気持ちや、いつも能力を磨いて、リーダシップを取っていたそうです。 仏教の修行もシッダールタとともに競い合い、20歳になったころ、インドで評判の美女ヤショダラ姫にすっかり惚れてしまいます。 デーヴァは盛んにアプローチしますが、ヤショダラ姫はシッダールタになびきます。 ヤショダラ姫はシッダールタと結婚し、ラゴラという長男を出産。 その後、シッダールタと共に悟りを開くため出家したデーヴァでしたが、シッダールタとは袂を分かち別派を形成する。 釈迦仏の仏教から分離した彼のサンガデーヴァダッタ派は、後世にまで存続した。 釈迦に「五事の戒律」を提案するも受け入れられなかったので、分派して新しい教団をつくったという。彼が釈迦に提唱した「五事の戒律」は以下の通り。 人里離れた森林に住すべきであり、村邑に入れば罪となす。 乞食(托鉢)をする場合に、家人から招待されて家に入れば罪となす。 ボロボロの糞掃衣(ふんぞうえ)を着るべきであり、俗人の着物を着れば罪となす。 樹下に座して瞑想すべきであり、屋内に入れば罪となす。 魚肉、乳酪、塩を食さず。もし食したら罪となす。 シッダールタの布施と同じように説法に励むが、どうしてもシッダールタの人気には勝てずに嫉妬心を起こして、シッダールタの教団に対して様々な妨害行為を するようになる。 ○出仏身血(すいぶつしんけつ):霊鷲山の山頂から大石を落とし、シッダールタの足の指から出血する怪我を負わせる。 ○破和合僧(はわそうごう):釈迦の教団を出て分派活動を行った。 その他デーヴァは、ナーラーギリという象にお酒をのませ、説法中のシッダールタを襲わせ、殺害しようとしたが、ナーラーギリはシッダールタの前まで来て 立ち止まり、シッダールタの神通力と威光に圧倒され引き返したと言われている。 デーヴァダッタの末路については、自らの所業を後悔してシッダールタに謝罪しに行くものの、祇園精舎(釈迦が説法を行った場所)の入り口にあった蓮池の付近で地面が割れて、地獄から 吹き出した火に包まれる。デーヴァは「わが骨を持って、命を持って、かの最上の人、神の神、人を調御する者、あまねく一切を見る人、百の福相を持つ人、 そんな仏に、帰衣したてまつる」と詩を唱えて、アヴィーチ地獄(無限地獄)に落ちた。 そんなデーヴァダッタでしたが、ミリンダ王は、「デーヴァダッタは釈迦にだけ敵対したのであって、釈迦と遭遇しなかった生涯では数々の布施を行い、功徳を積み栄光を、 受けた」と述べている。 |