次郎長の家系図
 
   
      
     
   

清水一家と増川仙右衛門(清水一家のその後)

次郎長の養子となり後継者となった大政と小政は、大政は明治14年2月15日、50歳で他界、小政は明治7年に32歳で他界、当の次郎長は、明治26年に74歳で他界。
子供のなかった次郎長一家の跡目は、大政系の人脈が継ぎましたが三代目からは増川仙右衛門の人脈が継ぎました。「東海遊侠伝」を執筆して次郎長の名を全国に知らしめた
天田愚庵も一時は次郎長の養子となって山本五郎と名乗っでいましたが、就職活動のため養子から抜けている。
清水次郎長一家2代目を継いだ大政直系の小澤惣太郎は、大正4年35歳で没。
仙右衛門系が登場するのは、3代目からで鈴木幸太郎、4代目田辺武一、5代目田辺金吾と続く。

5代目田辺金吾は、昭和41年清水玉川楼で警察署長など立ち合いの元に、「清水次郎長一家」を解散した。
「暴力団などと言われるようでは、次郎長親分に申し訳が立たない」というのが彼の持論だった。

ただ残念なのは、「清水次郎長一家」が解散してから、平成19年某暴力団が「6代目清水一家を継承」という報道がされ、誠に残念なことです。

5代目田辺金吾氏がまだ健在というのに、清水一家を名乗るとは、勝手に名乗るのは防ぎようがないということですか。
ましてや山口組と清水一家の縁組など、次郎長が聞いたら目を剥くでしょう。

どっちにしても、今後の「清水一家を継承を名乗る団体」と「本物の次郎長一家」とは何の接点もなく、関係もないということを日本中の次郎長ファンに強く訴えます。
第一に、次郎長自身は明治になってからは「ヤクザ家業」から足を洗っているのですから、大政系、仙右衛門系の人たちが継承したのは
「清水一家」という名前だけで、いずれも堅気の方達です。



次郎長と血縁関係のあるたった一人の方、諸田玲子さん。(作家)

次郎長が生まれた高木三右衛門家に佐十郎という兄がいた。その子供に満つという女の子がいて、その満つさんは次郎長と血の繋がる姪に当たります。
次郎長自身には子供がいなかったので養女にして、お嫁に出しました。
その満つさんが諸田玲子さんの祖母の祖母に当たります。
次郎長は満つさんに清水の巴川畔に「千畳楼」という遊郭(のちに旅館)を次郎長が当時のお金で4円だしてやらせていたそうです。

H O M E